企業のサステナビリティ報告やニュース記事で頻繁に目にする「Scope1,2,3」。この言葉が、単なる環境用語ではなく、企業のGX（グリーントランスフォーメーション）戦略の根幹をなし、サプライチェーン全体の変革を促す、極めて重要な概念であることをご存知でしょうか。
そして、このScope1,2,3を理解しているかどうかが、これからの時代を生きるビジネスパーソンの市場価値を大きく左右する分岐点となりつつあります。
この記事の目的は、単に用語を解説することではありません。Scope1,2,3という「ものさし」が、なぜこれほどまでに重要視され、その知識があなたのキャリア（特に経営企画、調達、生産管理、そしてコンサルティングなどの専門職）にどのような機会をもたらすのかを、具体的かつ実践的な視点から解き明かすことです。
この記事を読み終える頃には、Scope1,2,3が、GX時代のビジネスを読み解き、自身のキャリアを戦略的に設計するための強力な武器となるでしょう。
第1章：Scope1,2,3の基本を理解する
まず、Scope1,2,3がそれぞれ何を指しているのか、その定義と範囲を正確に把握しましょう。これは、企業の環境戦略を理解するための共通言語です。
1-1. Scope1,2,3とは何か？
Scope1,2,3は、企業活動によって排出される温室効果ガス（GHG）を、排出される場所や性質によって3つの範囲（スコープ）に分類するための国際的な基準です。この考え方は「GHGプロトコル」という世界標準のガイドラインで定められています。
- Scope1：直接排出 事業者自らが所有・管理する排出源から、直接排出される温室効果ガスを指します [5]。 具体例：自社工場のボイラーでの燃料燃焼、製造プロセスにおける化学反応、社用車の排気ガスなど 。
- Scope2：間接排出（エネルギー起源） 他社から供給された電気、熱、蒸気の使用に伴って、間接的に排出される温室効果ガスです 。 具体例：オフィスや工場で使用する電力が、化石燃料を用いた火力発電所で発電された場合の、その発電に伴う排出など。
- Scope3：その他の間接排出 Scope1,2以外の、サプライチェーン全体における排出を包括的に対象とします [5, 2]。原材料の調達から、輸送・配送、従業員の通勤・出張、販売した製品の使用、そして製品の廃棄に至るまで、事業活動に関連する他社の排出がすべて含まれます。
1-2. なぜサプライチェーン全体で考えるのか？
なぜ自社の直接的な活動範囲を超えて、サプライチェーン全体の排出量を算定する必要があるのでしょうか。その背景には、企業を見る社会の目の変化があります。
投資家や金融機関は、企業の気候変動リスクへの対応力を厳しく評価する「ESG投資」を加速させています。彼らは、企業が自社の工場（Scope1,2）だけでなく、取引先（Scope3）も含めたサプライチェーン全体のリスクを管理できているかを重視します。
また、科学的根拠に基づく削減目標である「SBT（Science Based Targets）」認定を取得するには、Scope3排出量が全体の40%以上を占める場合、Scope3の削減目標設定が必須となります。
【キャリアへの着地 So What?】Scope1,2,3は、GX時代の「共通言語」である
Scope1,2,3の知識は、もはや環境部門の担当者だけのものではありません。
例えば、あなたが調達担当者なら、取引先の排出量（自社にとってはScope3）を意識したサプライヤー選定が求められます。経営企画担当者なら、ESG投資家との対話で、Scope3削減戦略を論理的に説明できなければなりません。
この「共通言語」を理解していることは、GX時代において、部署や役職を問わず、ビジネスの全体像を把握し、的確な意思決定ができる人材であることの証明となるのです。
第2章：最重要領域「Scope3」を制する：15のカテゴリ解説
企業の排出量のうち、Scope3が大部分を占めるケースは少なくありません。しかし、その範囲は広大で複雑です。ここでは、Scope3を構成する15のカテゴリを理解し、キャリアにどう繋がるのかを解説します。
2-1. Scope3の全体像：上流と下流
Scope3は、自社の事業活動を基準に、原材料調達側を「上流」、製品販売側を「下流」に大別できます。
- 上流（カテゴリ1〜8）： 原材料の調達、資本財の製造、輸送、従業員の通勤・出張など。
- 下流（カテゴリ9〜15）： 製品の輸送、販売した製品の使用・廃棄、投資先の排出など。
2-2. 特に重要なカテゴリの具体例
15カテゴリ全てを暗記する必要はありませんが、特に排出量が大きくなりやすく、多くの企業で重要となるカテゴリを理解しておくことが重要です。
- カテゴリ1：購入した製品・サービス 原材料や部品の製造、外注した加工など、購入したモノやサービスに関連する排出。製造業では、このカテゴリがScope3全体の大部分を占めることもあります。
- カテゴリ4：輸送、配送（上流） 購入した製品や原材料が、サプライヤーから自社へ輸送される際の排出。物流ルートの最適化や輸送手段の見直しが削減の鍵となります。
- カテゴリ11：販売した製品の使用 自社が販売した製品（自動車、家電など）が、顧客によって使用される段階で排出する温室効果ガス。製品の省エネ性能を高める設計・開発が直接的に影響します。
- カテゴリ15：投資 株式投資や融資など、自社の投資先企業が行う事業活動による排出。特に金融機関や投資会社にとって、ポートフォリオ全体のリスク管理と直結する極めて重要なカテゴリです。
【キャリアへの着地 So What?】Scope3の複雑性が、新たな専門職市場を生み出す
Scope3の算定と削減は、自社だけでは完結せず、数多くの取引先を巻き込む必要があります。この複雑で難易度の高い課題が、新たな専門職の需要を爆発的に生み出しています。
例えば、「カテゴリ1」を削減するには、サプライヤーの環境データを収集・分析し、共に削減努力を推進する「サステナビリティ調達」の専門家が必要です。「カテゴリ11」を削減するには、製品のライフサイクル全体での環境負荷を評価する「LCA（ライフサイクルアセスメント）」の知見を持つ製品開発エンジニアが求められます。
Scope3の各カテゴリを深く理解することは、自身の専門分野（調達、物流、開発、金融など）が、GXという巨大な市場でどのように価値を発揮できるかを発見するヒントになるのです。
第3章：実践編：サプライチェーン排出量の算定方法
Scope1,2,3の概念を理解したら、次は「どうやって計算するのか」という実践的な知識が重要になります。算定の基本原則を知ることで、企業の報告書の数値をより深く読み解けるようになります。
3-1. 算定の基本式
温室効果ガスの排出量は、基本的に以下の式で計算されます。
排出量 ＝ 活動量 × 排出原単位
- 活動量： 事業者の活動の規模を示す数値です。例えば、電力の使用量（kWh）、ガソリンの消費量（L）、購入した製品の重量（t）や金額（円）などが該当します。
- 排出原単位： 活動量あたりの温室効果ガス排出量を示す係数です。「排出係数」とも呼ばれます。環境省などがデータベースを公開しており、これらを利用して計算します。
3-2. 算定の4ステップ
サプライチェーン排出量の算定は、環境省・経済産業省が策定したガイドラインに沿って、主に以下の4つのステップで進められます。
- Step1：算定目標の設定 何のために算定するのか（例：自社の現状把握、SBT認定取得、情報開示）を明確にします。目的によって、求められる算定の精度が変わってきます。
- Step2：算定対象範囲の確認 原則として、Scope1,2,3の全ての活動が算定対象です。ただし、事業との関連性が低い、または排出量が極めて小さい活動は、理由を説明した上で除外できる場合もあります。
- Step3：活動の分類 自社の事業活動を洗い出し、Scope1,2およびScope3の15カテゴリに分類します。
- Step4：各カテゴリの算定 カテゴリごとに「活動量」のデータを収集し、「排出原単位」を乗じて排出量を計算します。より精度の高い算定を目指す場合は、取引先から実際の排出量データ（一次データ）を提供してもらうこともあります。
【キャリアへの着地 So What?】「算定できる人材」の価値が急上昇している
Scope3の算定は、特に活動量のデータ収集が煩雑で、多くの企業が課題を抱えています。この課題を解決できる人材の市場価値は、今まさに高まっています。
例えば、社内の各部署や多数のサプライヤーから必要なデータを収集・集計し、ガイドラインに沿って正確に算定できるスキルは、「GXアナリスト」や事業会社の「サステナビリティ推進担当」にとって必須の能力です。
また、算定プロセスを理解していることは、経営企画部門において、排出量削減に向けた投資対効果の分析や、実現可能な削減計画の立案に大いに役立ちます。データに基づいた戦略を策定できる人材として、経営層からの信頼を得ることができるでしょう。
結論：Scope1,2,3の知識を、未来を拓くキャリアの武器に
本記事を通じて、Scope1,2,3が単なる環境会計のフレームワークではなく、企業の事業戦略、競争力、そして個人のキャリアに深く関わる重要な概念であることを解説してきました。
サプライチェーン全体を可視化するこの「ものさし」は、GXという大きな変革の中で、企業がどこにリスクを抱え、どこに成長の機会を見出すべきかを示してくれます。そして、その地図を読み解く能力こそが、これからのビジネスパーソンに求められる新たな専門性です。
あなたの現在の職務が、調達、物流、製品開発、経営企画、あるいは金融であっても、Scope1,2,3の視点を持つことで、日々の業務がGXという大きな文脈の中でどのような意味を持つのかが見えてくるはずです。
この知識を武器に、自身の専門性を再定義し、企業の持続的な成長と社会の変革に貢献する。Scope1,2,3の理解は、そのための確かな第一歩となるでしょう。
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